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合格体験記 第一部 下書き

第一部は僕の合格体験その物についてまとめ(ね~ね~聞いて聞いてって感じの自虐風の自慢と愚痴です)

第一部 現役そして仮面浪人の末手にした東大合格

高校入学以前
僕は志村第一中学校からこの北園高校に進学しました。理由は「近いから」と「友達が行くから」でした。
塾に通わされていたので中学校の勉強は出来ました。ただ宿題が嫌いで全くやらず、先生に嫌われ素内申は29でした。

高校入学~高校二年夏
僕は高校入学時ほとほと勉強が嫌いになっていて、高校に入り塾をやめると、全く勉強をしなくなりました。
それでも自分で「僕は本当に勉強が嫌いになったわけじゃない、いつか自分から勉強をしようと思える瞬間がくるだろう」と確信していました。

高校二年夏
そうして全く勉強せず2年生の夏になりました。計一年半ほど全く勉強をしないので授業は意味不明でしたがSense&Feelingでテストは乗り切っていました。そうして「そろそろ勉強したいなぁ…」という気持ちになりました。親にそう言うと塾に通わせてくれることになりました。僕が通うことになった塾は板橋区役所前にある東大生のみが講師の塾でした。その時が初めて東大を意識した瞬間でした、とは言っても当時の僕はsin30°がいくらかということも知りませんでしたが……。
そこで90分授業を週3回受けました。この時期は勉強が楽しかったですね。

高校二年秋冬
皆さんも受けたであろう、センター同日模試を受けました。(玉虫の年ですね)その直前に塾で少々対策をした時の感触としては「英語は長すぎる、数学は問題が多すぎる、国語はなんかいけそう」と言った感じでした。その感覚通りセンター同日の結果は国語は167点で他はクソでした。ほぼ無勉(漢文法も古文法も古単語もわからなかったがFeelingで問題自体は解けた)で偏差値70とか出るとさすがの僕も自分の事をちょっと過信してしまった感じはありました。その直後は理科大のセン利の合格点を取るために自分がどのような型でいけばいいのかずっと考えていましたが自分のセンター数学英語に対する感覚から考えて厳しいなと考えていました……。
その年は現役で筑波大学医学類に合格した人がいまして、その人が合格体験を喋っていました。(そういえば俺は一般性がないのに筑波医は一般性があるの?)その人のセンター得点は驚異の852点でした……それを聴いて愕然としました「どう考えても僕はそんな点数取れない…」その日は受験に対する不安で頭がいっぱいになりました。
あと二年生の最後の方に受けるよくわからない模試の学年順位は14位でした。(うろ覚え)

高校三年春
学校では物理Ⅱ化学Ⅱを選択しました。
塾では国語はセンターの問題集、数学はサクシード、英語は学校でもらった進研模試の過去問をやっていました。英語は手応えがあって今の自分のReadingSpeedでどうやって最大限問題を解くかということをずっと考えていました。
ですので、最初の方の面談でいろいろ言われましたが「もうすぐある学校で受けるセンター模試で結果出すんで」の一点張りで凌ぎました。
そして出てきた結果は理系一位。「結果で実力を表現する俺かっこいい」と思っていました。

高校三年夏
志望校を一向に決めないので塾の先生に親同伴で説教を食らいました……。(東北大って書いたんですが理由が無かったのが不味かった)
僕は先生に怒られても自分が悪く無いと思っている時は「はい↘」と「はい→」の二種類を使って終わるまでひたすら我慢します。僕には全然余裕な説教でしたが、母親が隣で泣きそうになってたことは覚えています。君らはこうゆうことしちゃダメだよ。
「夏休みは受験の天王山」人はそう言いますが、ぶっちゃけ暑くて勉強なんか出来たものではありません。僕はセンターにおいての自分の弱点である物理と化学を補強していました。それまで物理化学はほとんどやっていなかったのでとても楽しかったです。逆に言うと今までやってきた国語英語数学には少し嫌気が差していました。あとは友人が漫画を描くというのでそれを手伝っていました。

高校三年秋
国立志望なので塾で受ける授業の国語が減り、物理化学が増えました。
志望校を決めない僕に対する風当たりがどんどん強くなっていました。僕はぶっちゃけ「いきたい大学は偏差値高い順だ!」と考えていたので(今でもそう考えてる、物理学科て国立ならどこでもあるし、研究の質も大体偏差値順じゃん!)それをいつも二つの「はい」を使って凌いでいました。しかし、世の中には僕の見方になってくれる大人もいて、塾の数学の先生は僕の数学力を高く評価して風当たりを若干弱めてくれました。

高校三年 センター試験
センター前日には友達とスピードをして盛り上がりました。前日は友達と集まってほんのり目に遊んだほうがいいような気がします。心に余裕ができますね。
そしてセンター試験当日、みんな一緒の会場で受けました。一日目はほぼ問題なく終わりました(スピンスピンスピンと456-0721の年ですね)。僕は「センター試験ごときでは緊張を全くしない俺」を演出するために休み時間に友達に話しかけまくっていました。しかし、そんなやせ我慢をしても体は正直でした。緊張から休み時間中に無意識の内にペットボトル2本分の綾鷹を飲み、ついでに眠眠打破まで飲んで、当たり前ですが尿意に襲われました。試験直前にトイレに行ったのに……試験開始の合図があるときにはすでに膀胱はパンパンでした。(水分×カフェイン=破壊力)心理的極限状態にあった僕は、平然と数ⅰを解き始め、見開き分の問題を解き終わってやっと、自分が解いているのが数ⅰであることに気付きました。そんな状態で2013年の図形が解けるわけもなく第三問は5点しか取れませんでした。その日の試験が終わった時、「終わったダブルの意味で」、そう思いました。センター失敗のつらみを発散するためにその日はゲーセンで遊びました。本当にしたくなかった自己採点ですがしないわけにはいかないのでしてみると、国語が188で数学の失敗は吹き飛んでいました(地理の点数のせいで800に届かなかった;;)。

高校三年 センター試験後、志望校決定
センターリサーチの結果が出ると、僕の点数でA判が出ないのは東大と京大だけでした。そこで僕は思いました「A判の東北大受けて受かってもかっこよくないな」と……。そして僕のかねてからの願望「ちょっと浪人してみたい」もあって、東大に出願することに決めました。ちょうど東大の二次試験から一ヶ月くらい前のことです。

高校三年 入試
早慶を受けに行きました、今でも思いますが早稲田はともかく、慶応はほんと謎出題ですね。2013年の慶応の数学とか難しすぎてテストとしての機能を果たしてるのか疑問です、英語は「おまえら受験生がろくすぽ読めないのはわかってるけど、選択肢問題だからある程度の優位性をもって回答できるでしょ?」みたいな感じですしおすし……。
で東大です。なんとなく受かる気がしてました、でも落ちました。そりゃそうです、全く準備してないので当然の結果でした。東大は落ちた人には翌日に不合格者の中で上位何%か書かれた紙が貰えます。圧倒的に実力が足りませんでした。でもその時「東北受けて受かってたら俺は満足したのかな?」とも思いました。
後期の千葉は東大落ちてから3日後でした、正直勉強したくなかったので池袋のジュンク堂で過去問をチラ見して「解けるわ~」と自己暗示をかけました。実際試験は余裕でほぼ解けました、暇になったので直前の数学の参考書に書いてあった問題を物理の試験中に解いていました。

仮面浪人という決断
純粋浪人にするか仮面浪人にするか悩んだ……ということはありませんでした。僕が純粋浪人(この言葉、購入厨みたいだよね)ではなく仮面浪人を選択した理由は一つです、「実質的に小遣いが増え田村ゆかりちゃんグッズにお金が使えるから」です。仮面浪人すれば一人暮らしが出来ます、「余剰金が毎月25000円をほど出るから、それをゆかりちゃんグッズに使って、え~と、うん!、ホクホクだぁ!」と考えていました。この決断の裏には「まあ一年あれば東大受かるっしょ」という考え(思い込み)があったことは否定しません。

仮面浪人1年目 春
千葉大の人間から漂ってくる小物臭に辟易とさせられていました。僕と仲良くなれそうなオタクを探しましたが、ラノベが好きと言って、持っているのはアニメ化されたラノベだけ。好きなアニメはけいおん、好きなキャラは澪かあずにゃん。そんな奴らしかいませんでした……。(僕は平沢唯ちゃんを殴りつけたらどんな声で鳴くかとか語り合える友達が欲しかった)そして特に勉強ができるわけではない奴らばっかなのも苦痛でした。ぼくはそういうクソみたいなことを言わない、笑い方のきれいな人間とだけ友だちになりました。しかし、僕の千葉大に対する嫌悪感は徐々に高まっていき、次第に大学に行かなくなりました。

仮面浪人1年目 夏
大学に完全に行かなくなりました。結局前期で降ってきた単位は4/65。大学行かないと僕のような仕送り大学生はやることがなく暇です。そうして寝ても覚めても田村ゆかりちゃんのことばかり考えるようになりました。ゆかりちゃんの事を考えると胸が痛くなって辛かったです(今も)。大学には行かなくなりましたが大学の図書館には毎日のように行きました。千葉大学が唯一誇れるのは図書館の洗練されたデザインですね。英語の雑誌を読んだり(timeとかnew republicとかnewyorktimesのopinion欄)普通に勉強したりしました。気分が乗らない日は、寝るか、ぶらつくか、映画を見るかしていました。

仮面浪人1年目 秋
夏とあいも変わらずのんびりマイペースで勉強していました。たまに「俺はこれからどうなっちゃうの~~~!」という不安が襲い掛かってきましたが、その時は部屋中に張った田村ゆかりちゃんのポスターを見て精神を安定させました。

仮面浪人1年目 冬
もう不安とかそんな精神状態は超越していました。代わりに田村ゆかりちゃんに魂を売り渡し、食費の分までお金をつぎ込みました。激安パスタだけで食いつなぐ時期もありました。この時期は大学の図書館にあったアメリカの英語の教科書(多分あっちの中学生の)をずっと読んでいました。(密室トリックのネタが蛇っていうクソみたいな話が載ってました)
それでセンター試験(ワハハハハの年です)。直前は現役の時の地理から鞍替えした倫理政経の勉強をずっとしていました。現役の時と打って変わって一切緊張しませんでした。そりゃもう不思議なくらい。背負ってるものは現役とは比べ物にならないのに不思議なもんです。結果はまあ順当、英語と物理、化学、数iは失点した気がしませんでした。国語は難しすぎるでしょう。源氏物語なんて入試に出すべきではないです(学校で習うような古典文法を完璧に運用しているのはあの時代のそれも一部の人間ぐらいなのかも)。自己採点はしませんでした。どうせ東大しか受けないし、出来た気しかしなかったし、すぐに母親が捨てちゃったし……。

仮面浪人1年目 東大入試直前
ソチオリンピックで日本中が盛り上がっていた頃、テレビではピーキングという言葉がしきりに唱えられていました(ゾーンの次はこれかと思った)。そして僕も、どの教科もひと通りやることやって、過去問も大体解けるようになっていたので、「あとはピーキングだな……」と思いました。そして入試三日前にカラオケに行きました。

仮面浪人1年目 東大入試一日目 国語、数学
東大入試にはゆかりちゃん祭りの時買ったペンケースとCCHの時買ったバックパックで行きました。
自分が負っているリスクの大きさは感じ、それなりに緊張はしましたが、去年は無かった自信もありました。しかし、東大入試にはそこまで甘くはありませんでした。
国語は出来ました。
しかし、続く数学、試験開始の合図がなり、いつも通りはじめにすべての問題を確認しました。そして第六問を見た僕は「ハハッただの通過領域の問題?大数Cクラスか……まあパターンですけど‥…!!」と思って、颯爽ととりかかり、とりかかったはいいもののドツボにハマりました……。ごちゃごちゃ計算して気づけば40分経っていました。東大は150分6問、単純計算一問25分でこの浪費は痛い!(>_<)。第六問からは苦々しくも見切りをつけ、第一問にとりかかりました……クソ簡単でした。20分未満で解ききり次の第二問へ。これもクソ簡単……この時点で気づきました、「今年の東大数学易化だ(苦笑)」と。第三問、「(1)と(2)は余裕、あとは流れでいけるか…?」。実際は流れで行けませんでしたが、(1)(2)を丁寧に検算し解答。第四問、「(1)は微分するだけっしょ、後は知らん」。取り掛かって5分、この問題が今年の最難問であることを直感しました、迷わず捨て問認定し次への第五問へ。「整数問題だけど……難しくなさそ~~」と思いました。東大の整数問題はあまたの数学強者の6完を阻止してきた優秀なキーパーさんなのにこれじゃあお粗末すぎます。難しいのは最後の小問だけですが、それもなんかクダラナイ。予備校の模試みたいな問題でした。そして試験終了、こう書くとなんやかんや解けたような気がしますが、僕の頭は第6問に40分使って解けなかったことで頭がいっぱいでした(変数の値域が大切なんやで)
右隣の人がクソ簡単な第一問と第二問すら解けてなくて「身の程知らずが!」と思ったことは秘密です(去年の僕を見てるようだったんでね)。
12/25の都営三田線で「あそこは完答で20点、あそこは10点だから65点になる…‥いや計算ミスしてたら50まで落ちる?そもそもあれ完答だったか、議論適当だったようなぁ……」と点数の足し算引き算の結果をブツブツつぶやき続けていた頭のおかしい人は僕です。
帰宅後、twitterを見ると同じ仮面浪人仲間が「一完も出来なかった(;_;)」とつぶやいてるのを見て、胸が暖かくなりました(*^^*)(こんなんばっかか!)。
結局終わったテストのことを考えても無駄だと思い(悟り、半ば諦め)、「明日、80+80とりゃ受かるんや!!」と自分に言い聞かせて寝ました。

仮面浪人1年目 東大入試一日目 理科(化学+物理)、英語
「俺は解く!、物理40化学40の計80点分解いたるでぇ!」と思って問題冊子を開きました。物理の第一問と第二問をスラスラ解き、第三問もそれなりに解いて、化学へ。「物理は40ある、後は化学のみ!」と思った僕の希望はキ○○イ難易度の化学に完全破壊されました。難しすぎる、難しすぎる、too difficult。本当に「難しい」の一言でした。化学Ⅱを学習したなら、是非東大を受けなくてもあれを75分で解いてみてください、不可能ですから。「高分子は題材としてしか扱わない」と東大の入試要項には書いてあります。しかしそれはどう好意的に解釈しても嘘です。ソースは今年の東大化学第三問。「ただの有機化学だと思った?残念!高分子でした~!」とあざ笑う東大の中の人の声が聞こえました(後今年は、「二年波動がきたから、今年は熱力だと思った?残念!三年連続波動でした~~!」というのもありました)。理科の試験時間が終わり俺の精神は臨界状態へ。
「英語で100取りゃ受かるやんけ…ハッ、ハハッ(乾いた笑い)」。100とまでいかなくても、正直英語には自信がありました。「こいつら洋書通読したことあんの?んじゃ毎週TIME読んでんの?」と周りの制服組(つまり現役)を嘲笑っていました。
しかし、思うようには解けませんでした。「過去問は余裕なのに何で本番じゃ解けないんだよ!」と思いました。英語は感覚です。正確に言えば東大クラスの分量の英文を試験時間内では読むには、感覚で読むことが必要不可欠です。そして感覚というものは平常心を失えばまともに働かなくなります。ぼくは平常心を失っていました。
試験が終わり僕は思いました、「あぁ……落ちたな」と。とてつもなく悔しく、悲しく、辛く、そして生まれてはじめて彼女が欲しいと思いました。「誰でもいい、女の子に抱きしめられて頭を撫で撫でして欲しい」……心からそう思いました。何故か小学校の時のちょっと好きだった女の子のことが頭に思い浮かんで、「あの子なら優しくしてくれそうだなぁ……来年成人式であったら喋ってみようかな……千葉大の学歴で満足してくれるかなぁ……」と意味不明な事を考えていました。家に帰って母親に「出来なかった。落ちたと思う」と話すと、「結局片思いだったのよ、千葉大で頑張りなさい」と言われました。僕は内心、「千葉大とはもう破局してるんだよ……」と思いましたが、母親にはとても言えませんでした。自分の部屋に戻ると自然と涙がこぼれました。悔しくて泣いたのは生まれてはじめてでした。あまりの辛さから、twitterで「受かったと思う!」とつぶやいてる奴に「クソしね」とリプライを送りました。ブロックされました。
その日と次の日寝込んで、後期に気持ちを切り替えていくことにしました。「前期で受かるより、後期で受かるほうがロックだし、カッコイイ」と自分に言い聞かせました。言い聞かせないとやってられませんでした。その日から合格発表までは一日1時間も勉強しました。しか出来ませんでした。完全に気持ちを切り替えるなんて不可能でした。

仮面浪人一年目 合格発表
東大の合格発表は3月10日正午”ごろ”発表されます。”ごろ”というのが曲者で、遅れるかもしれないし、早まるかもしれない。受験生の心理的負担を考えれば残酷な日本語表現ですが、天下の東大さんはそんなこと意に介しません。
僕は10分前から合格発表のページでF5を連打し、必死に東大のサーバーを落とそう、自分への死刑宣告を遅めようと画策しました。さすが天下の東大さんのサーバーは強力です。落ちるどころか正午よりちょっと早めに合格発表のネット掲載を行い、F5を連打していた僕のPC画面にもそれが当然のように表示されました。
死ぬほど見たくありませんでした。が、見るしかありません。母親から急かされ、重い手を必死に動かしがら、スクロールバーを下げていきました。僕は自分が落ちていると思っていました。スクロールバーを下げながら、僕は落ちたらどうなるのか、どんな風に父は怒るのか、母は泣くだろうか、自分の人生は終わりなのだろうか、と考えていました。そしてその想像がもうすぐ現実になるだろうと感じていました。まるで自分はシュレディンガーの猫状態で、自分が観測した瞬間に不合格という結果が確定するんじゃないかという気がしました。
僕は僕の受験番号をPC画面で見た瞬間、落ちた僕と受かった僕が一瞬前の重なりあった状態から分離して離れ離れになっていくような感覚がしました。僕は合格しました。それでも、僕は落ちた僕の事が不憫で心の底から喜ぶことは出来ませんでした。ゆかりんからリプライを貰ったときのほうがずっと素直に喜べました。
twitterで「受かったと思う!」とつぶやいていた奴は落ちていました。僕はただ「不憫だなぁ」と思いました。彼は仮面三浪に突入するそうです。

受かってから数日経ち、今はもう彼女がほしいと思った時の自分の心境が正確には思い出せません。あれは一時の気の迷いでやはり僕の好きな人は世界で田村ゆかりちゃんただ一人だという気がしてきています。
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